マネジメント・コンパス

組織の管理方針の簡潔な整理と記述、組織状態の診断、
課題解決のための思考枠組、計画と進捗の管理を統合した
「学習する看護組織」を支援する手法です

2015~2017年度に実施された文部科学省委託事業
「看護管理者の院内継続教育の推進」(受託機関:日本赤十字社医療センター)の取り組みを基盤とし、多くの看護管理者との協働・学び合いを経て開発されました。

マネジメント・コンパスの全体像

マネジメント・コンパスは、主に部署(病棟)の管理方針を可視化し、主任・リーダー等を含めたマネジメント層が協働的に(学び合いながら)管理の仕事に取り組むためのフレームワークです(図1)。

MCチャート

MCチャートは部署の管理方針を記述するもので、管理者が認識している課題(目標・問題)が書かれます。MCチャートを使うことにより、部署の課題(目標・問題)が一覧表に可視化され、師長と主任、スタッフ、さらには支援にあたる副部長などが、その部署の課題を共有することができます。

また、②の「MCサーベイ(職務満足度調査)」を使うことにより、現段階のスタッフの疲弊度を測定し、部署の課題のうちどの部分に重点的に取り組むべきかを判断しやすくなります。

ロードマップ

MCチャートに書かれた「目標」については、ロードマップを作成します。ロードマップにより、目標達成に向けた組織の動きがチーム内で共有できるようになります。

PDP (Problem-discovery process)

MCチャートに書き出された「問題」については、PDP(問題発見プロセス)に取り組みます。師長やチーム、スタッフが抱える困りごとに対し、改善するための、取り組みやすい足がかりを見つけることができます。

行動計画(Action Plan)

「目標」についても、「問題」についても、行動計画(Action Plan)の形に落とし込み、課題に対してチームがどう行動すれば良いかを明確にしていくことが重要です。

MCチャートからAction Planに至るまでの一連のプロセスがうまく機能すれば、リーダーである師長の組織に対する課題認識のもとに、構成員が互いに支援し合いながら具体的な行動に取り組むことができるようになります。一人ひとりが「チームの一員として組織の成長に関与できている」と感じ、肯定感が高まることにもつながるでしょう。

MCチャート

MCチャートは、図2に示した通り「目標達成/問題解決」と「外発/自発」という2つの軸のマトリクスになっています。「外発」は組織・上司等からもたらされるものや、部下に気付かされるものを指します。対して「自発」は自分(たち)自身が気づき、設定したものを指します。「目標」と「問題」の違いについては、次項を参照してください。

この4つの観点に関して、上司(看護部)や部下(主任・副師長等)と対話しながら書き出し、課題を可視化することが、MCチャートを作成する目的となります。実際に、部長・副部長の支援が得られる場で師長さんのワークを行った医療機関では、左上の「外発的な目標」について活発なやり取りが見られました。看護部長も、普段はなかなか自分の言葉で部署に対する期待を伝えられていなかったのですが、このチャートに課題を書き出すという営みを通じて、改めて師長と語り合い、対話する機会になったと振り返っていました。

このチャートをつくる過程自体が「組織学習」の重要な機会であり、さらに作られたシートについて上司・同僚・部下と対話しながら具体策について考える過程が、また学びの機会となっていきます。ですから、チャートは常に書き換えられていくことになります。年度のはじめに課題を書き出したとしても、それらについて対話するうちに表現が少しずつ変わったり、新たな課題が見出されることもあるでしょう。このチャートが常に更新され、課題が少しずつ解決されていく過程が「マネジメントの実践」であり、「組織学習」を進めていくことであるといえます。


→MCチャートのワークシートをダウンロード

「目標」と「問題」の違い

「問題」とは、事物があるべき姿(最低限の水準)に達していない状況を表す言葉です。問題がある状況は不快であり、早く解決したいという必然性がそこにはあります(図3において「困っている」状態の人)。そして問題と感じている事象がなかなか解決しないと、人や組織は無力感を感じ、へこたれてしまいます。従って、解決に向けて人や組織が動き出すには「たとえ小さくても、着実に次の一歩を踏み出すこと」が重要です。あれも、これもやらなくてはならない…と思うことは、困っている人にとってはかえって重荷になってしまいます。

「PDP(問題発見プロセス)」のフレームワークは、こうした簡単には解決できない「困りごと」を解きほぐすのに最適化されています。大きくて複雑な困りごとを細分化して、自分たちにも解決可能な、小さな「プロブレム」を見つけ出し、それに対して「すぐにできる、じつげんかのうで、こうかてきな」解決策を立てることで、具体的で有効な行動計画を策定することができます。

対して「目標」は、現状をベースラインとして、人や組織がこれから目指す「より良い状態」を示す言葉です。目の前の状況に困ってはいないので、すぐにでも着手しようという必然性は弱くなりがちです(図3においては「特に困っていない」人)。そのため、達成に向けて人や組織が動くためには「目標にたどり着くまでの道筋の全体像を示すこと」が重要です。

組織のリーダーの多くが「目標」、すなわち「私たちのビジョン・目指す姿」を言葉にすることの難しさを感じています。特に看護分野は、組織が目指す姿を数値目標で表しにくいため、どうしても「ビジョンを語って伝える」必要が生じてきます。なんとかビジョンや目標を言葉にしたとしても、キャッチフレーズのようになってしまい、具体的に何を目指したら良いかわからない…というケースも少なくありません。

「組織が目指す姿」が伝わりにくいのは、それをまだ多くの人が実際に見たことがないからです。近くにロールモデルになるような人/組織がある場合は、「あの人(チーム)のようになりたいね」と言えば簡単に伝わりますが、リーダーの頭の中にある漠然とした「目指す姿」は、他の誰にも見えません。リーダー本人すらはっきりとイメージできていないことも多いでしょう。ではどうしたら、組織の内外に「組織が目指す姿」を可視化して示すことができるのでしょうか。

結論から言えば、「現在の姿」と「目指す姿」の差を、一つひとつ具体的に示していくしかありません。多くの人が認識できる「現在の姿」を拾い上げ、「目指す姿」との間にどんな違いがあるのかを言葉で伝えるのです。そうやって「差」を現状の上に丁寧に積み重ねることによって、次第に「目指す姿」が具体化していきます。

この思考を支援するために、私たちは「ロードマップ(図1の③)」を開発しました。ここでは紙幅の関係で詳説することができませんが、グループによる相互支援の中で「目標」と「現状」の差を分析し、現実的なゴールにたどり着くまでの全体像を示すようなフレームワークになっています。

PDP

PDPは「困りごと」から始める問題解決メソッド


「これが問題だ。だからこう解決しよう」とすぐに思いつく場合、人は困ることがありません。しかし、こうした「問題」がいくつも複雑に絡み合い、すぐに思いつく解決策が通用しなくなってしまうと、何をしたらいいかわからず、初めて「困った」と感じるのです。大勢のスタッフが連携して働き、高度で煩雑な業務をこなさなければならない看護の現場においては、生じてくる「困りごと」はとりわけ複雑になります。

そんな看護管理上の複雑な困りごとを解決するため開発されたのが、”Problem-Discovery Process(問題発見プロセス、PDP)”というメソッドです。複雑で大きな困りごとを解決するためには、いきなり原因や解決策を考えではいけません。まずは困りごとを解きほぐし、「この部分なら自分でも解決できそうだ」と思える「問題」を「発見」することがとても重要です。PDPは、問題を発見し、そこから解決策を導いて、すぐに取り組める具体的なアクションプランに落としこむまでのすべての過程を支援する問題解決メソッドです。

問題解決をするとき、「壮大で抜本的な解決策を設定しよう」とか、「自分一人で問題を解決しなければならない」などと気負う必要はありません。周囲の人に「困った」という気持ちを共有し、PDPのフレームワークに沿って一緒に考えれば、「今踏み出せそうな小さな一歩」を見つけることができます。そんな小さな一歩を積み重ねて、「昨日より今日は少し良くなっているな」と思える職場環境を作っていきましょう。

論理的・対話的・リフレクティブなコミュニケーションを促す設計

PDPは、「困りごと整理シート」と「行動計画立案シート」という2種類のワークシートを使いながら展開していきます。簡潔な設計ではありますが、これらのフレームワークに沿って複数人で話し合うことで、「論理的思考」「対話的な姿勢・態度」「リフレクティブな姿勢・態度」が自然と身につくようになっています。これらの3つの能力は、看護管理をするうえで基本となる非常に重要なものです。

看護管理上の基本能力について詳しく知りたい方は、「看護管理者の継続学習指針」の項目を参照してください。

看護管理者の継続学習指針


常に心に留めておける、絞り込まれた学習指針

認定看護管理者教育制度をはじめとした、看護管理者教育のプログラムは、看護管理者の能力のベースラインの担保という点で一定の役割を果たしていると言えます。しかし、管理者に多くのことを要請するあまり、多岐にわたる膨大な学習内容が設定されてしまっています。私たちが行った調査では、看護管理者から「なんとなく役に立った印象はあるものの、学んだ内容を現場の看護管理にどう活かせばいいのかわからなかった」という声も多く聞かれました

そこで私たちは、看護管理を行うにあたって本当に重要な項目を絞り込み、「看護管理者の継続学習指針」を開発しました。これらの数少ない項目を、普段の看護管理と結びつけながら繰り返し学び続けることで、多忙な看護管理者も無理なく能力を高めていくことができるでしょう。

以下に、継続学習指針の内容を簡単に解説します。

まず、目指す看護組織の在り方として、「前向きな気持ちで仕事をできる職場環境の整備を整備する」「困難な状況にもへこたれないようにレジリエンスを高める」という二つを設定しました。

そして、この在り方を実現するために管理職に求められる力が「問題解決能力」です。患者は、看護師が療養上の諸問題を解決すれば自力で回復・治癒するものです。それと同様に、看護スタッフも、仕事上の様々な問題を解決すれば、自ら良い看護を実践するものではないでしょうか。それゆえに、日々発生する様々な問題を整理し、解決することが、管理者にとって非常に重要な能力となるでしょう。

その問題解決を支える技術・態度として、「論理的思考」、「対話的であること」、「リフレクティブであること」を定めました。複雑系に満ちた医療現場で、問題を的確に設定し解決するために、そしてそれを上司や部下に的確に説明するためには、論理的な思考力・説明力が求められます。さらに、組織として切れ目のない看護サービスを提供するためには、常に「対話的なコミュニケーション」が行われる必要があります。対話がしにくい環境では、看護師の気付きに基づく問題発見が遅れてしまう可能性も高くなるからです。また、管理者がリフレクティブ(反省的)であることも重要です。上意下達的なコミュニケーションではなく、スタッフと共に話し合いながら良い環境を作っていくという姿勢が、看護管理者には求められます。

山積していた問題が一つひとつ解決されることで、活き活き働くための職場環境が整い、一人ひとりのレジリエンスは自然と高まっていきます。この段階になってはじめて、「より高みを目指す」ための目標達成に組織的に取り組めるようになります。看護管理者には、「論理的思考」「対話的であること」「リフレクティブであること」の三つの能力を使いながら、目標を思い描いて共有し、それに向けたロードマップを作成して、実現に向けて組織を引っ張っていくというリーダーシップの発揮が期待されます。

マネジメント・コンパスを構成する一つひとつのフレームワークは、それらを日常的に実践することにより、自然と「継続学習指針」の項目が身につくように設計されています。マネジメント・コンパスを導入して組織的に実践し、試行錯誤を繰り返すことで、看護組織は「学習する看護組織」へと少しずつ変わっていくことができるでしょう。